十番隊隊舎の給湯室にはいくつかの銘柄の茶筒が置いてある。
もちろんそれらは全て隊の予算で購入したものなのだが、その内の一つにはこう、書かれている。

“松本専用”


永久定番


「隊長、お茶淹れてきますけど、今日どれにしますか?」
「お前と同じで良い」
「はーい」
執務室で仕事をしているのが二人だけなら、副隊長である乱菊が茶を淹れる事も珍しくない。
だいぶ長い間書類との格闘が続いているせいか疲れの色が見える上司を思いやり、乱菊は給湯室に立つ。書類の方を代わってやっても良いのだが、今冬獅郎の机に乗っている書類の多くは隊長印が必要な物だ。代わりに引き受ける事は出来ないので、自分のこなしている書類をキリが良い所まで済ませると、なかなか仕事が終わりそうにない上司に一息ついてもらう事にした。

乱菊は“松本専用”と書かれた茶筒を手に取る。
この茶筒に入っているのは乱菊が十数年愛飲し続けているある地域の茶葉だ。
余程の事が無い限り乱菊のお茶はこれと決まっている。
決して高価でない、なんてことは無い煎茶だが、彼女はこれが気に入っているらしい。

慣れた手つきで急須のお茶を湯飲みに注ぐ。
給湯室に広がるいつもの香りに、乱菊は満足そうに微笑んだ。


「はい、隊長」
「おう、ありがとな」
深みのある、乱菊にとっては“いつもの香り”が冬獅郎の鼻にも届く。
「あ、またコレなんだな」
「えぇ。あたしと同じで良いんですよね?」
「ああ。お前と同じので良いっていうと、いつもコレだな」
「だってあたしいっつも同じの飲んでますもん」
「そうなのか?」
「ハイ」
乱菊がそう答えると、冬獅郎は意外そうな顔をする。
「...なんか、おかしいですか?」
「いや、おかしいわけじゃねぇけど…高いのか?コレ」
「違いますよー。煎茶ですから、普通の値段です」
「へぇ...」
「もう、なんですか?」
そう問われても、上手く答える事が出来ない。
ただ、なんとなく。
乱菊が一つのものを愛用し続けたりするタイプに見えなかったのだ。
少なくとも、この時までは。

「隊長には無いんですか?お気に入り」
「今んとこねぇな。茶とか自分で淹れたりしねぇから人に任せてるし」
「あたしいつも聞くじゃないですか」
「お前に淹れてもらう場合はな。それに、そんなに色んなやつ飲んできてねぇから気に入りなんてまだ見つからねぇよ」
「...そう、かもしれませんね」
自分が“いつもの”を見つけるまでにかかった時間を思って、乱菊は相槌を打つ。

「...でも、なんか良いな。そういうの」
「そうですか?」
「いつも同じって、安心する」
安心する。その気持ちはよく理解出来る。
いつも変わらず背中を護り合える人が居る、という事実に救われている自分が居るから。
それが永遠でないと知っていても。
「...そうですね」
そう答えてから、乱菊は“その年で変化を嫌ってどうするんですかー?”と茶化した。
茶化さずにいられなかった。
「嫌でも周りはどんどん変わっていくから、変わらないものが欲しかったら、自分で作って守っていくしかないんですよ」
そう呟くように言った乱菊の言葉は、彼女の横顔の美しさと共に冬獅郎の心に刻まれて残った。
「...そうだな」
冬獅郎が少し笑みをたたえてそう言えば、乱菊もふふ・っと笑う。
「俺にも出来るかな。いつか、そういうの」
「出来ますよ。いつかきっと隊長にも。隊長だけの“永久定番”」



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20000打記念フリー日乱SSです。
せっかくなのでいつものシリアスでなく、ほのぼのを目指してみました。

(3/4/06 フリー期間4/30で終了しました)

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