「松本、お前今日誕生日だったか?」
「はい?」


9月19日の護廷十三隊十番隊隊舎。
隊長である日番谷冬獅郎は出勤して開口一番、副隊長である松本乱菊に声をかけた。
彼より一足早く出勤した彼女は書類整理をしており、周辺では上位席官の隊員達がそれにならっていた。

「違いますけど...なんでですか?」
「今日、菊届いてんだよ」
数十年前から、毎年乱菊の誕生日には彼女の名前に因んでか菊の花束が届けられるようになっていた。
カードも何も付いていない、何処の誰から送られた物なのかもわからないその花束。
最初は不審がっていた彼女も、それが通例の物となると、その花を隊舎に飾るようになった。

「え...なんか早くないですか?」
「だよなぁ。俺もなんかおかしいと思って...」
「で、何処ですか?」
「おぉ、コレだ」
乱菊が手を出すと、冬獅郎は後ろ手に持っていた菊の花束を彼女に渡す。
傍から見れば、冬獅郎が乱菊に花束を渡しているようにしか見えないのだが、それも例年のことなので、誰も動じない。
――この花束を贈っているのは冬獅郎だ、との噂が流れた事もあったが、冬獅郎はそれまで乱菊の誕生日を知らなかった、という事が分かり一蹴されていた――
「ありがとうございます。よくわかんないですけど、とりあえず飾ってきます」
乱菊は花束を受け取ると心底嬉しそうに微笑み、花瓶に飾る為水道に向かった。
彼女にとって毎年、決して安くはないだろう、この立派な菊の花束を贈ってくれる誰か、は自分の誕生日を毎年必ず祝ってくれる、家族のような恋人のような存在になっていた。

定刻になり、乱菊が本日の職務についての申し送りを行う。
今日は十番隊の隊員のほとんどがそれぞれ分かれて現世に向かう事になっており、隊長の冬獅郎と共に、乱菊も現世に向かう事になっていた。
春に入隊した新人隊員達も、担当の先輩隊員達と虚の昇華に向かう為、書類整理や捺印、
昨日までの任務の報告書の確認などの雑務は三席の席官が一人残り、行う事になっている。

「...それじゃ、各自配置に向かうように。以上」
最後を締めくくる冬獅郎の一声で、隊員達が隊舎を離れる。
あっという間に、残ったのは3人だけになった。

「では、私達も行きますか、隊長」
「...そうだな」
冬獅郎が氷輪丸の柄に手をかけた瞬間、走ってくる音と、焦った声が隊舎に飛び込んできた。
「どなたか隊長格の方はいらっしゃいますか!?」
冬獅郎が中に通してやると、その死神は大量の書類を抱えており、隊長格2人の姿を確認すると安心したかのように息を吐いた。
「あの、私十一番隊の者なのですが、本日中に、十番隊の隊長、または副隊長に目を通して頂き、捺印して頂かなければならない書類がありまして...」
十一番隊には似合わないような、気弱そうなその隊員は、申し訳なさそうにそう告げた。
大方、十一番隊の隊長格2人が書類を溜め込んだのだろう。
隊長格でないとならない書類、というのならそれなりに重要な物であるはずだが、あの2人ならやりかねない。
乱菊は同じ女性死神協会などでよく見られる、正に自由奔放なやちるを思い浮かべ、そう結論づけた。
「更木のヤロー...」
冬獅郎は先ほどまで氷輪丸の柄にかけていた手で頭をかく。
彼の脳裏には十一番隊隊長で、最強の死神の称号『剣八』を持つ男の姿が浮かんでいるのだろう。

――...あ、そーいう事か。 ...仕方ねぇ、あいつもそれを望んでるだろーしな協力してやるか――
一瞬、冬獅郎は、誰にもわからないように笑みを浮かべ、表情を戻すと自らの忠実なる副官の瞳をしっかりと見据えた。
「ちょうど良い、松本、お前ここに残れ」
「え?」

何がちょうど良いというのか。
彼女がそう問う間もなく、冬獅郎は三席の隊員を連れ隊舎を出てしまった。
残った乱菊は仕方なく書類に目を通し始めた。
サボってしまおうかとも考えたが、重要だと思われる書類を前に流石にそんな事は出来ず真面目に仕事を始めれば、
大量だと思われた書類も大したことはなく、昼前には元から三席の隊員に任せるつもりであった書類のみになった。
「隊長は何であたしを残していったのよ...?」
それに、ちょうど良い、なんて
いつもなら少年隊長が座っているはずの机を見やり、そう呟いても、当然返事はない。
置いていかれるのは慣れている。
しかしやはり気分の良いことではない。

乱菊は書類を手に取り、軽く叩いて整えると、それを提出する為隣の十一番隊舎に向かった。

「失礼します、十番隊副隊長の松本です。書類をお持ちしました」
自分とは比べ物にならない霊圧を感じたと共に入室の許可が下り、彼女は隊舎に入って行った。
「おぅ、松本、ご苦労だったな」
「あ、はい。でも更木隊長、こういう書類は早めに回して下さいね」
「あァ、悪かったな。 ...で、どうだったよ」
書類を執務室の机に置きながら、さりげなく苦情を口にすると、彼は乱菊に何か聞きたい事があるような口ぶりをする。
全く心当たりのない乱菊は、剣八の顔を見て、意味がわからない、というように首を傾げた。
「わかんねぇのか?」
「はい」
乱菊の返答に、今度は剣八が首を傾け頭を掻く。
そしてふと “どうなってんだよ” と呟いた。
「...どうかなさったんですか?」
「あ、いや、何でもねぇよ」
乱菊が問うと、剣八は焦ったように誤魔化した。
引き留めようとするやちるに謝り、彼女は十一番隊舎を出る。

誕生日でもないのに菊の花束が届いていた事、朝の冬獅郎の言動、先ほどの剣八の問、今日は彼女にとって納得出来ない事ばかり起こる日だ。
不審に思い、顎に指を当て眉間に皺を寄せ考えながら、昼食をとる為に食堂に向かい歩く。
しかし、考えても考えても、やはり心当たりがない。
自分に関係している事は確かなのに、わからない。
妙にすっきりしないような感覚はあまり気持ちの良い物ではない。
だんだん嫌になってきて、はぁ、とため息を吐いた。


「ため息吐くと幸せ逃げるで?」
突然斜め上から降ってきた声に驚いて顔を上げると、そこには彼女のよく見知った人物が立っていた。

「市丸隊長...」
「眉間に皺寄ってはりますよ、十番副隊長はん。美人が台無しやわぁ」
十番副隊長
この男が自分の事をそう呼ぶのは怒っている時だ。
大方、市丸隊長、と呼んだ事が気に入らないのだろう。
職務時間中に折れるのは好きじゃない。
けれど、まぁ今は昼休みだ。
そう理屈をつけ、ふぅ、と息を吐くと、乱菊は表情を緩め、目の前でいつもの作った笑顔を浮かべている男を見やり、呟くように疑問を口にした。
「どうかしたの?あたし何かした?」
「...乱菊が待っとってくれへんから」
「は?」
矢継ぎ早に次の質問をしようとした乱菊だが、まるで子供のようにシュンとしているギンを見て、口を噤んだ。
しかし彼の次の言葉を聞くと、さすがに黙ってはいられなかった。
「せっかく剣ちゃんにも協力してもろうたのに...」

「え?」

「せやから、剣ちゃんに書類遅らせてもろうて、乱菊が現世に行けなくなるように仕向けたんよ」
この男はよくもこうぬけぬけとこんな事が言える。
乱菊は手を握り締め、肩を震わせ必死で怒りを堪える。
「なのに乱菊待っとってくれないんやもん。ボク悲しーわぁ」
「そんな事知らないわよ!!何も知らないのに待てるわけないでしょ!?」
まるで自分が被害者であるかのようにふるまうギンに、乱菊は怒りをあらわにせずにはいられなかった。
「ボク、ちゃんと連絡したんやけど」
手を上げかけた乱菊の手を掴み、ギンは悪びれもせずそう言う。
しかしやはり乱菊には訳がわからない。
「菊の花、いつもの年と違って今日届けたやろ?何か感づいてくれるやろ、と思っとったんよ。
今年は乱菊の誕生日にボク現世行かなあかんのや。せやから今日にしたんやけど...」
はい?
「どういう意味?」
「ん?せやから、いつもと違って今日届けたから、何か感づいてボクの事待っとってくれるかな思っとったんよ」
「じゃなくてその前」

「...菊の花、いつもの年と違って今日届けたやろ...?」

乱菊の頭の中で、パズルのピースがはまるような、そんな音がした。
「あんただったの...」

確かに、そう考えれば全て理屈がつく。
冬獅郎はこの花を贈っているのがギンで、今年、例年より早くこの花を贈られた事には意味があるという事に気付いていたから、乱菊を残して行ったのだ。
剣八も、ギンと乱菊がすでに会っているだろうと思って、あのような意味深な発言をしたのだ。
普通なら有り得ない、馬鹿みたいな行動も、この男の仕業だと考えると納得が出来てしまう。
乱菊はそっと顔を伏せ、そんな自分を嘲笑った。
「え、気付いとらんかったん?ヒドイわぁ、乱菊ならすぐ気付くやろ思うてたのに。
この何十年か毎年贈ってたんに、全く気付いてくれへんかったん?ほんま傷つくわぁ」
世界が自分を中心に回っているとでも思っているのか、とてつもなく身勝手な台詞をごく自然に吐くこの男に、普通なら罵声を浴びせるものだろう。
「そんな事、気付くわけ無いでしょ...」
自分は全く悪くない。
それなのに何故だか自分が加害者であるような罪悪感を感じて、乱菊は前髪をクシャ、と掴んだ。
この男の云う通り、自分なら気付けたような気がして、なんだか悔しかった。
「まぁ、ええわ。こうして会えたんやし」
ギンは満面の笑みを浮かべてそう言った。
それはいつもの取ってつけたような笑顔ではなく、乱菊がよく知る昔からの笑顔で
「お食事ご一緒して頂けます?」
彼女の片手を取り、そっと口付け、悪戯っ子のように笑う彼は、
「よろこんで」
乱菊の好きなギンそのものだった。


「でも、何で今日だったの?」
“別に明日現世に行く訳でも無いんでしょ?”
隊長格が御用達しているだけあって、格式高いある料亭の、松茸御膳の中の松茸ご飯を口に運びながら、乱菊は尋ねた。
「あー、ソレなぁ。あ、店員さん、ちょっと日付表持ってきてくれはる?」
ギンは片手を挙げ、近くを通りかかった店員にそう依頼する。
そんな彼の行動に、乱菊は訝しげに眉を顰めた。

店員が持ってきた今月の日付表。
ギンはその中の9月10日の部分に右手の人差し指、29日の部分に左手の人差し指を置く。
「ここがボクの誕生日、こっちが乱菊な?で、お互いの誕生日の方に一つずつ指を動かしていくんや」
右手が11日に来れば、左手は28日。12日に来れば、27日、というように、ギンは指を近付けていく。
そしてその指は右手が19日、左手が20日に来た所で止まった。
「現世にはなー、“真ん中ばーすでぃ”っちゅーもんがあるんやて。恋人同士がその日にお互いの誕生日を祝うんよ」
乱菊もその話は聞いた事があった。
しかしそれは恋人同士だけの物ではなかったはずである。
それに第一自分達は恋人同士などではない。
まぁ、この男の事だ、都合よく解釈しているのだろう。
「今年は乱菊の誕生日に菊、届けてやれへんから、代わりにちょっとした演出をしよう思て。
でもな、ボクらの誕生日の真ん中の日、っちゅーん無いんよ。せやから、せめて今日か明日は出来るだけ一緒に居よ、思てな」
乱菊は“へぇ”と興味無さげにお茶を煽る。
ギンは彼女のそんな態度が気に喰わなかったらしく、眉を顰めた。

「...それにしても、あたしが現世行ってたらどうするつもりだったのよ?」
「それを止めるために剣ちゃんの書類やん」
「隊長が残ってたら?」
「十番隊長さんは乱菊を一人で現世に行かせるようなことせぇへんやろ」
“何よその自信は”
乱菊はそう問いかけて口を噤む。
確かに、あの隊長は妙に心配性な所がある。
今日はギンの策略に気付いていたようだったが、そうでなくとも、乱菊を残して行っただろう。
乱菊は副隊長という肩書きに見合う実力の持ち主であるにも関わらず、だ。
「...何であんたの方が隊長の事わかるのよ」
「そりゃ目的が同じやからなぁ」
「え?」
「いや、こっちの話や」
ギンはそう誤魔化した後、乱菊の方を見やり、それからクク、と喉を鳴らした。

「ほな、そろそろ行こか」
「...そうね」
ギンの言葉に、乱菊はそっと時計を見やり、同意の返事をする。
昼休みが終われば、また『護廷十三隊三番隊隊長』と『護廷十三隊十番隊副隊長』に逆戻りだ。
そう思い、乱菊はふぅ、と息を吐く。
そんな彼女を見て感づいたのか、ギンは彼女の耳元で囁いた。
「19日と20日の日を跨いで一緒に居られれば、ほんまの“真ん中ばーすでぃ”になると思わへん?」
“そしたらもちろんそのまま帰す気なんかあらへんけどな”
ふざけた調子で云うギンに、乱菊は耳の端まで真っ赤にしてその場に固まった。



Postscript *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

何だか無駄に長いような気もしなくはないですよ!!
しかもさ、ギン乱のはずなのに微妙に日乱だしさ!!
ギンさんとひっつんは乱菊さんを巡ってもライバルだと良いなぁ。2人とも独占欲強そうだし。
でも、ひっつんは自分の感情認めてなさそう。「部下だから」とかって。そういうのに厳しそうなんで。
で、ひっつんは乱菊さんの気持ちに気付いてるから、今回は譲ってあげた、って感じですv
恋する乙女な乱菊さんが好きですv

真ん中バースディ、出典はもちろん「ご近所物○」と「こどもの○もちゃ」です。
どちらも不朽の名作ですので、ご存知の方が多いのではないかと思います。一時は憧れたものでした。
過ぎちゃったけどギンさん&ちょっと早いけど乱菊さん、お誕生日おめでとうございますv



(初出9/19/05 修正2/26/06)

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