いくら俺でも限界ってもんがあんだよ。
お前はそんな事全く考えてねぇだろうけどな。



A fight against my reason


「...ったく」
十番隊隊舎執務室のソファで、副隊長松本乱菊が眠っている。
それ自体はいつもの光景なのだが、それを見守る隊長日番谷冬獅郎の心境は、いつもとは違っていた。


『乱菊ちゃんとはどうなの?』
定例の隊首会から隊舎に帰る途中、道を共にしていた京楽に、ふと、そんな意味深な問を投げかけられた。
『どうって...何が、すか』
『いやーだって、乱菊ちゃんってあの容姿でしょ?その上良い性格してるからねぇ、日番谷くんの理性は大丈夫なのかと』
『大丈夫って...じゃ、あんたはどうなんだよ』
“よく呑みに行ってんだから、二人になる事も多いだろ?”と、冬獅郎は訝しげな目線を送る。
『ボク?ボクには愛しの七緒ちゃんが居るからねぇ…他の子に目が行ったりなんてしないよ!』
そう言って京楽はデレッと笑ってみせる。
『ただね、』
声音を真剣なものにして続ける京楽を、少し前を歩いていた冬獅郎は振り向いて見た。
『狙ってる男も多いと思うからね、気をつけた方が良いよ?』
その言葉に冬獅郎は眉間の皺を少し濃くする。
『もしも、乱菊ちゃんを取られるのが嫌なら、ね』
『んな事...』
「無い」とはっきり言う事の出来ない自分に驚いた。
乱菊を自分の所有物のように思っているのだろうか。
それとも...

そんな悶々とした思いを抱えたまま執務室に帰った冬獅郎を出迎えたのは、いつも通り、ソファの上で無防備に眠る乱菊の姿だった。
「仕事しろよな、ったく...」
冬獅郎の脳裏に浮かぶのは、隊首会に出かける自分を見送る乱菊と、その彼女に『サボるなよ』と無駄だとは思いつつもクギを刺す自分のやりとり。
案の定、乱菊は暖かな日差しに勝てなかったのか、気持ち良さそうに眠っている。
彼女の机の上に重ねられた、今日の分の書類があらかた片付いているのを見て、冬獅郎はまぁ良いか、と鋭い視線を弱める。 起きたら怒鳴って、それから続きをやらせるか。

『日番谷くんの理性は大丈夫なのかと』
ふと、京楽の言葉が頭に浮かぶ。
冬獅郎の目には体を横に向け、豊満な胸を寄せるようにして眠る乱菊の姿。
それが自分の方に向いているのだからたまったもんじゃない。
そして、口元のほくろによって大人の女の色香を強調させている唇。
薄めの紅が、よく似合う。
冬獅郎の喉が、鳴る。
『狙ってる男も多いと思うからね、』
男が放っておくような女では、無い。その上男女問わず好かれる性格。京楽の言葉に異論はない。
『乱菊ちゃんを取られるのが嫌なら』
嫌なんだ、と思う。
彼女の幼馴染だ、と聞いている市丸の前で、彼女が笑顔一つ見せず、その上敬語を崩さないのを見て、少し嬉しくなった事がある。
自分の前に居る時の方が、彼女は自然体で居るような気がした。彼に対して優越感を感じた。
彼らの間に何があるのか―あったのかはわからないが、今、彼女が一番心を許しているのは自分のような気がした。
そしてそれが嬉しかった。
だが――

『理性は大丈夫なのかと』
触れてみたくなった事はある。彼女の髪に、顔に、体に。
手を伸ばしたらすぐにでも触れられる距離には居る。だが、出来るはずも無かった。
自分にはそんな恐れがないと信じているからこそ、心を許してくれている、そんな気がしたのだ。
悟られてはいけない、この感情だけは。

だが...今なら。

白い頬に、触れる。
その柔らかい感触に、冬獅郎は驚いた。
太陽の光を浴びてほんのりと熱を持った、それ。
掌で包むと、親指の付け根の辺りが彼女の唇に触れてドキリとする。
このまま――

「ん...」
違和感を覚えたのか眉間に皺を寄せて絞るような声を出す乱菊に、冬獅郎は驚いて手を離す。
何事も無かったかのように、執務室の自分の席に腰を下ろすが、彼の動揺をそのまま示すかのように乱れた霊圧は隠せない。

「...あれ、たいちょ?」
寝起きで回らない頭を無理やりフル回転させて、乱菊はその双眸に此処に居るはずのない自隊の隊長を映すと、素っ頓狂な声をあげた。
「隊首会…終わったんですか?」
「とっくにな」
「あら」
「お前なー、サボんなっつったろ?」
「...へへへ...いやー、だってこんなにあったかいと、こう...」
笑って誤魔化そうとする乱菊だったが、睨みを効かせてくる少年隊長の視線には勝てず、「すいません」と小さく謝った。
「...じゃ、さっさと続きやれ」
「はーい。 ...ねぇ、たいちょ」
「なんだよ」
「何かあったんですか?えらく霊圧乱れてますけど」
「んなもん、お前が...!」
言いかけて、冬獅郎はハッと口を噤み、焦って紅潮していく顔を隠すように椅子を回転させて乱菊に背中を向ける。
向けられた乱菊は意味がわからないといった様子で首をかしげた。



Postscript *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


最後はお約束、ですよね!
受験期間中にも関わらず、友達との萌えトークを原動力に一気に書き上げた日→乱です。
あんなに無防備な超絶美人が目の前に居て、平気で居られるわけないだろう青少年。
個人的にはもちょっと攻め攻めしてる隊長も好きなんですが、これが今の私の限界。
文字通り理性と戦うひっつん、こっぱずかしかったですが楽しかったです。

私の頭の中からはひっつんの中身は大人、という事実はすっぽ抜けていた模様です。


(初出1/29/06 修正2/26/06)

トップに戻る