「ただいま」


宣戦布告


「隊長。おかえりなさい」
「なんだ、起きてたのか?」
「何ですかその言い方。まるで寝てるのが当たり前みたいに」
「いつも寝てんだろ」
言われた通りなので言い返せない。
乱菊はソファに座ったまま、“中間管理職って大変なんですからね”と苦し紛れに弁解してみるが、“はいはいいつもありがとな”と軽くかわされてしまった。
「その大変な役職のおかげで疲れてるはずなのに何で起きてたんだ?」
“その様子じゃ休憩はしてたんだろ?と、冬獅郎は書類を自分の机に置きながら、嫌味たっぷりな言い方で尋ねる。
「...考え事をね、してたんです。」
そう答えて乱菊は力なく笑い、遠い目をする。

――またか。
彼女がそんな瞳で遠くを見るのは決まってあの男の事を考えている時だ。
俺と同じ髪の色をした、背の高いあいつ。
全てを捨てたくせにこいつの心に付けたいつまでも消えない傷だけは残して去った、あいつの事を。

「...そうか」
「はい...
――ねぇ、たいちょ」
乱菊はそれまでとは打って変わった明るい声で冬獅郎を呼ぶ。
冬獅郎は首を傾げながらもソファに座る乱菊の前に立った。

―ぎゅ。

乱菊は冬獅郎の背中に手を回すと、そのまま抱き寄せた。

「...まつもと?」
「すいません、ちょっとだけ...」
冬獅郎の存在を確かめるように、彼の胸に顔をうずめる乱菊に、冬獅郎は小さな声で“しょうがねぇな”とだけ言うと、彼女の背中に手を回した。
――お前がこうしたい相手は俺じゃねぇだろ。
そうは思いながらも乱菊に甘えられる事が嫌いじゃないのだから質が悪い。
年上の副官は時々こうして冬獅郎に甘えてくる。
しかしその心まで冬獅郎に預けた事は一度もなかった。
彼女の全てを手にしているのは、未だあの男。まだまだ、敵わない。

――まぁ、最初に比べりゃずいぶんと懐いたよな。

初めて出会った頃の彼女は、冬獅郎に対して完璧に壁を作っていた。
それをここまで壊したのは、冬獅郎自身。
仕事用でない、心からの笑顔を初めて見せてくれた時の喜びは今も覚えている。

冬獅郎は、自分の白い羽織をきゅ、と掴んでいる乱菊の、黄金色の髪に、願いを込めてそっと唇を寄せた。

こいつにとって一番の存在になれますように。

――神なんざ信じちゃいねぇから、自分の力で必ず、な。

とどめを刺していかなかった事を後悔すると良い。

二度目の口付けは、あの男への宣戦布告。



Postscript *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


受験期間中にブログにてUPしていたSS。
二度目の口付けの場所がどこなのかはご想像にお任せで。
髪だったら自己満足、口とか首とかだったら無理やり襲…姐さん逃げて!

ギンさんが居なくなってひっつんを心の拠り所にしてる姐さん。
悪いとは思いつつもそうしなきゃ立ってられないんだと思います。
ひっつんは少し不服だったり頼ってくれる事が嬉しかったり複雑、な?


(初出2/12/06 修正2/26/06)

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