近くで疎外感を感じるくらいなら、遠く離れて忘れてしまった方が良いと思った。


Reminiscence


「――これで、全部か...」

護廷十三隊六番隊副隊長の阿散井恋次は、抱えた紙袋の中身を確認して、そう独りごちた。
副隊長に就任して2週間。隊の視察に訪れる山本総隊長をもてなす為の買い出しは、本来副隊長の仕事ではない。
恋次がこの仕事を買って出たのには理由があった。

六番隊隊長、朽木白哉。

恋次の幼馴染であるルキアの義兄で、四大貴族の一、朽木家の現当主である彼を、恋次は苦手としていた。

貴族の誇りに包まれたその振る舞い、ルキアへの冷た過ぎるともとれる態度、時折見せる射るような鋭い視線...

あの時ルキアを突き放してしまった自分の罪を償う、という名目で、恋次は長い間白哉を倒す事を目標にしてきたが、副隊長になってからというもの、一刻も早くルキアを取り戻さなくてはならない、という想いが一層強くなった。

――俺はあの人の考えに納得出来ない。

つまる所、恋次は白哉の近くに居たくなかっただけなのだ。



久しぶりに来た流魂街。
この、南流魂街20地区は、恋次が幼い頃を過ごした戌吊とは大きく異なり、町に響くのは大人の醜い罵声ではなく、子供達の騒ぐ可愛い声だった。
目の前に広がるのも人々の活気に溢れる商店街。数が若いだけあって治安も安定しているようだった。

総隊長好みの茶葉が詰まった紙袋を持った左手を肩にかけ、瀞霊廷に戻ろうとした、そんな時だった。

懐かしい声を聞いたのは。


「あの...」

死神をよく思わないものが多い流魂街で、刺青だらけの恋次に声をかけてくる者など皆無だった。茶葉を購入する時も、農家の老人に露骨な不快感を示されたものだ。
彼は怪訝な顔をして、声のする方に振り返る。

「何だ?」
「失礼ですが、もしかして...恋次?」
恋次に声をかけたのは、彼と年恰好の変わらない、薄紅色の小袖に身を包んだ女性だった。

流魂街に知り合いなんて。
そう思い名を問おうとして恋次の脳内で、目の前の女性がどんどん小さくなっていく。

―― 一人だけ、居たじゃねぇか。

恋次の目に映るのは、妹のように可愛がっていた、幼い少女の姿。

、か?」

あの隊長のおかげで強張っていた表情をそっと緩め、50年近く口にしなかった名前を呼べば、同じく顔を強張らせていた、呼ばれた女性はそっと微笑んだ。






「まさかお前に会うなんて思ってもなかったぜ」
「私も。赤い髪の死神が来たって話を聞いて、もしかしたらって思って…
声、かけないつもりだったんだけどね」
“かけずにいられなかったよ”そう言ってケラケラ笑う彼女は、恋次の記憶の中に眠っていた幼い少女のままだった。


は、恋次やルキアと共に戌吊で生きてきた仲間の内の一人だった。
極僅かながら霊力を持っていたおかげで腹を空かせ倒れている所を恋次に拾われ、仲間に加わってからは彼を兄のように慕っていた。
彼等3人を残して仲間達が死に、ルキアが死神になろうと言い、恋次もそれを承諾した時、彼女は言ったのだ。

「私は此処が好きだから、此処に残るよ」

恋次やルキアの必死の説得にも応じず、彼女は頑として首を縦に振らなかった。
“私は此処に残るから、2人は死神になって、幸せになって”と。

“独りで生きていけるから”


そこまで思い出し、恋次は尋ねた。
「なぁ、
「なに?」
「お前、戌吊が好きだから残るって、そう、言ったよな?」
「...うん。そう、だったね」
「なのに何で此処に」「場所」
言葉はによって遮られ、あの頃と同じようで違う、大人の女の瞳に恋次は息をのむ。
「場所、変えない?」
“このまま立ち話もなんだし。恋次が忙しくなければ、だけど”そう言うの誘いに、“今日はこの茶葉を持って行きさえすれば大丈夫だ”と答えて乗ると、彼女はまた少女の顔に戻って安心したように笑った。



「ここ」
が指差すのは住宅街の中心近くに建つ小さな平屋の家だった。
「ここにね、住んでるの」
「独りで、か?」
誰かと結婚している可能性だって、“家族”が居る可能性だって低くはなかった。
むしろ、その可能性の方が高かった。
「今はね、独りよ」
彼女は“入って”と言うと、戸を引いて開けた。



「“私が何で此処に居るのか”だったよね?」
「おぉ」

が運んできた緑茶は、総隊長が好きな物と同じ味だった。
毎日を生きるだけで精一杯だったあの頃。
あの頃とは違い、もう恋次には明日を憂いたりする必要はなかった。その為に死神になったのだ。
しかし、あえて独りで茨の道を歩く事を選んだにも、お茶を楽しむ余裕がある。

死神になる事が最善だと思った。だが、果たしてそれは正しかったのだろうか。
もっと別の道があったのではないだろうか。そうすれば、ルキアは...

ルキアの所属する十三番隊の隊長である浮竹によれば、ルキアは任務で現世に行ったまま連絡がとれないのだという。恋次が副隊長に就任した事が知れ渡ったのにも関わらず、音沙汰のないルキアを不審に思って十三番隊隊舎に顔を出した時に聞かされた話だ。

ルキアが何か辛い目にあったという話を聞く度に、彼は自身を責めずにいられなかった。
死神になんてならなければ、俺があの時手を離さなければ、と...

「私ね、別に戌吊に居たかった訳じゃないの」
「...」
「私は2人みたいに霊力高くないし、万が一本当に死神になれても2人とは一緒にいられないって、思った。近くで疎外感を感じるくらいなら、遠く離れて忘れてしまった方が良いと思った」
彼女の言葉は恋次の心に深く刻まれる。
「だけどね、恋次の事も、ルキアの事も、忘れるなんて出来なかったんだよ。
出来るわけなかった」
“お茶、おかわり入れるね”
は火鉢の上のやかんから熱いお湯を急須に注ぎ、ふたを手で押さえながら話を続けた。

「50年かけてね、戌吊から此処まで、上がってきたんだ。御門違いに恋次やルキアを妬ましく思った事もあった。自ら置いていかれたのにね」
ゆっくりと、緑茶を空になった恋次の湯飲みに注ぐと、は小さく“はい”と言って恋次にそれを手渡した。
淹れたての熱いお茶を、彼は一服、口に含んだ。
「だけど、今は楽しくやってるのよ?これでも。
それより、恋次達はどうなの?2人共、出世した?」
「...俺は2週間前に副隊長になった」
「すごーい。偉いんだ、恋次。おめでとう。ルキアは?」
「ルキアは...」


あいつは幸せなのだろうか。


「あいつは朽木家っつー大貴族に引き取られて、十三番隊で頑張ってるよ。
ルキアの義理の兄貴が、俺の隊長なんだ」
「へぇ...貴族...すごいねぇ、正に望んだ通りの暮らししてるんだ...
元気なんでしょ?」
連絡がとれないルキアを“元気”と言って良いものか恋次は一瞬迷ったが、に心配をかけるのは得策ではないように思えた。
「ルキアも元気だよ。うるせーくらいだ」
恋次がそう言うと、の頭に昔の、少し口うるさいくらいに強気なルキアが浮かんだのか、彼女は声を上げて笑った。



「なぁ、
「ん?」
「お前さえ、良かったら...」
卓袱台を挟んで向かい合い、すっかり冷めたお茶を啜るに、恋次は目を伏せて話しかけた。
「瀞霊廷に来ないか?」
「え...?」
「副隊長にもなったし、給料もそれなりにあるんだ。お前一人ぐらい、食わせてやれる」
唐突な誘いに、は固まった。
「...なん、で?」
口をついて出るのは疑問ばかり。
――そんなの、まるで...
「プロポーズみたいじゃない...」
「ちげぇよ!!ただ、独りで寂しくねぇのかな、って思ったんだよ...」
顔を真っ赤にして否定する恋次を見て、は心の中でひっそりと落胆した。
「なーんだ」
「期待とかしてたのか?」
「そ、そういう訳じゃないけど...」
――誰だって嬉しいじゃない、初恋の人にプロポーズされたと思ったら。
   でも、そうだよね。いつだって、恋次にとって私は妹。ルキアとは、違う。それに――
「それに、寂しくなんか、ないよ」
彼女は顔を上げると、恋次の瞳をしっかりと見据えた。
「今ね、私みたいに霊力があるせいでお腹を空かせている子供達に、料理を作ってあげたり、面倒を見てあげたりしてるんだ。ホラ、あれ畑なの」
の指差す先には耕された畑があった。
所々、芽も出ている。
「時には、子供と一緒に暮らしたりもしてるの。
最近までもね、3人、霊力がある子と一緒に暮らしてたの。3人共、この春から死神統学院に通ってるんだよ?だから...」
は両手を、卓袱台の上に載った恋次の手に重ねた。
「私はもう、此処を離れられない。此処はあの子達の帰る家だから」
そう言って微笑むは、もう恋次の覚えている幼いではなかった。
「そうか...後悔してねぇ、っつー事だよな、俺達に嘘ついてまで流魂街に残った事」
「そう。私は今、幸せだから」
“でも、ありがとう”
へへっと笑ってから、は小さな声で昔の嘘に対する謝罪の言葉を口にした。

――もし、もしも俺達が死神にならずにと共に生きていたら、
   コイツの“今”はないのだろう。
   コイツの今の幸せはないのだろう。それなら――

、ありがとよ」
「え?何が?」
意味を問うに恋次は答えず、ただ彼女の頭を撫でるだけだった。





『今度はルキアも連れて来るから』

恋次はそう言って、朱ワイ門に向かって歩き出す。
別れの言葉は言わなかった。けれど、もう会う事はない、にはそんな気がしていた。
今度なんて存在しない、そんな気がしていた。

だったら――

門が開く。

「恋次!!」
閉じゆく門の向こう側に、振り向いた恋次の驚いた顔が見えた。
「私、小さい時からずっと――」
言葉が最後まで届く前に、門は閉じた。



完全に間違っている事なんてない。 彼女の言葉が届かなかった事も、また然り。



Postscript *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


何で敢えて恋次なのかと自らを小一時間ほど問い詰めたい気分です。
夢とは大嘘の、ルキア←恋次←ヒロインですね。ノーマルカップリング小説書いてる人間が夢書こうとするとこうなっちゃうんですねー…今度はちゃんときゅんとするの目指して書きたいですv(まだ書く気か

恋次・ルキアと幼馴染なポジションってオイシイよなとか思うんですけどどうでしょう(同意を求めるな


(03/22/06)

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