「乱菊さんて」


壁はまだ、


「仲良いですよね、日番谷隊長と」
「そう?」

日頃から尸魂界中に散らばって忙しく働いている隊長格。その為めったに大勢集まったりする事はない。しかし、時間さえ合えば杯を交し合い、お互いの近況を話しながら楽しく談笑する。隊長同士はどうなのか知れないが、副隊長の間ではしばしばそういう事があった。

特に、酒豪で知られる十番隊副隊長松本乱菊は、同僚に会うと必ずと言って良いほど飲みに誘う。本日のお供は九番隊副隊長檜佐木修兵だ。

「どこの隊も同じようなもんじゃないの?」
“第一、しょっちゅう一緒に仕事してんのに、仲悪かったらやってられないわよ”
くいっと酒を煽り、乱菊は言った。
「まぁ、そうですね」
「何、東仙隊長と上手くいってないとかじゃないわよね?」
「いや、そんな事はないんですけど」
「じゃあ、何でそんな事聞くのよ」
「日番谷隊長が十番隊の隊長になるって事が決まった時、結構話題になってたなぁ、とか思い出しまして」
「そりゃ、ねぇ。あの若さで隊長なんだから、話題にならないわけないんじゃない?」
「いや、そういう事じゃなくて」
運ばれてきた酒瓶を乱菊の近くに置きながら、修兵は続ける。
「乱菊さんと上手くいくんだろうか、ってね」
副隊長の中でも誰よりも人望厚く、後輩達に慕われている乱菊。その上に立つのが異例のスピード出世を成し遂げた少年隊長なのだから、それだけで話題は拡がった。

『果たして上手くやっていけるのか』

「なーに言ってんのよ。どんなに若くったって実力があるから隊長に選ばれたんでしょーが。経験が浅くったって、それをサポートするのが副隊長の役目でしょ?」
笑い飛ばすように言った後、乱菊は“おかげで忙しくってまともに休みもとれないけどね”と付け加えた。
「だから彼氏出来ないんですよね?」
からかうように言った修兵を、ギロリと睨んで乱菊は答えた。
「...出来ないんじゃなくて作んないのよ」
「それは失礼致しました」

魅力的な女性だ、と修兵は思う。恵まれた容姿はもちろん、性格も含めて、だ。彼女に恋心を抱く男は少なくない。かくいう自分もその一人なのだが。
「乱菊さんともあろう人が、何で作んないんですか?」
「今は仕事が大事だし...疲れるじゃない、付き合ったり別れたり。あたし達って恋愛するとして、やっぱり同じ職業に就いてる者同士でしょ?そういうのって付き合ってる時は良いけど、その後が、ね」
“それに何故だかいつも長続きしなかったから、楽しい思い出とかあんまり無いのよねー、男と付き合って”乱菊はそう付け加えてから、先ほど修兵が近くに寄せてくれた酒瓶の中身を杯に注ぎ、一気に煽った。
乱菊の恋愛が長続きしない理由を、修兵は知っている。大抵の男は彼女の幼馴染である某隊長に精神的に追い詰められるのだ。これは羨ましい事に学院時代に乱菊と付き合った経験がある、という入隊当時の先輩から―その時から修兵は乱菊に密かに憧れていた。見た目に引き付けられただけであるが。心底惚れ込んだのは同僚という立場になって、彼女と深く関わるようになってから、である。―聞いた話だ。現在はその幼馴染も隊長になっているのだから、余計に何をされるかわかったものではない。尤も、現在もその妨害が行われているのかどうかはわからないが。

「そう...スか」
チャンスを伺っていた。彼女をモノにするチャンスを。しかしそう言われてしまえば踏み出せない。だが、同時にライバルに奪われる可能性もないのだと、彼は心の中で小さくガッツポーズを作った。
「まぁ、そんなのどうでもよくなっちゃうくらい好きになれる人が出来たら別だけどね」
「今は?」
「居ないわよ。今は、ね」
「『今は』ですか?」
「うん。昔は、ね。居たけど」
少し寂しそうに笑う乱菊の顔を見たくなくて、修兵は話を先に進める。
「最近は無いんですか?」
「うん。最近は隊長のおかげか、変に言い寄られる事もなくなったし」
それを聞いて修兵の動きが止まる。
「...どういう事ですか?」
「一時期すごい時期があってね」
「すごいって?」
「何て言うの、モテ期?」
「...あぁ」
大方彼女の幼馴染の逸話を知らない若い隊員達が殺到でもしたのだろう。
「その時に断るのが大変で参っちゃってたの。それを見かねた隊長が『何とかしてやる』って。何したのかは何度聞いても教えてくれないんだけどね」
“おかげで助かってるわ”笑顔でそう話す乱菊をよそに、修兵の顔は青ざめる。
自分がもたもたしている間に新たな敵が動き出していた。

天童と謳われる十番隊隊長日番谷冬獅郎は何に対しても厳しい。幼い容姿を補う為か寄せられた眉間の下から覗く双眸に本気で睨まれると気が詰まる。隊長と呼ばれるにふさわしい霊圧も併せ持つのだから尚更だ。
その冬獅郎が厳しい視線をふっとゆるめた瞬間を、修兵は一度だけ見た事がある。その視線の先には乱菊が居た。
『少年の一時の憧れ』というにはあまりに熱っぽいその視線に、修兵は気付いてしまったのだ。
当の本人は全く気付いていないようだが。

「どーしたの?修兵?」
考えれば考えるほど落ち込んでしまいそうな自分の顔を覗き込むのはもちろん乱菊。至近距離に驚いた修兵の頬は年甲斐もなく紅潮した。
「な、なんでもないですよ!飲みましょ!」
「はいはい。あー、ほんと、修兵みたいに酒に強い後輩が居てくれて良かったぁ」
修兵の杯に酒を注ぎながら、乱菊は心底楽しそうに笑う。

“後輩”
今はまだそれでも良いか、と修兵は思う。

彼女の周りにはいつだって、超えられない壁が立っている。その壁の近くまでは辿り着いた。
後は、必死でよじ登るだけだ。



Postscript *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


受験期間中にブログにてUPしていたSSです。
超えられない壁というのはもちろんギンさんとひっつん。修兵さんにとって強敵ですね。
ドラマCDの中で乱菊さんに良いように使われている修兵さんがたまりませんでした。カラブリを読んだからこそ、余計に...
姐さんにとってはあくまでも後輩であろう修兵さん。でもきっと副隊長連中の男の中で一番仲が良いんではないかと。早くその関係から脱出出来ると良いね!


(初出1/14/06 修正2/26/06)

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