「やっべぇな...」

発達した積乱雲と共にやって来た夕立は、雷まで運んできた。
音の大きさと、光が見えてから音が聞こえるまでの時間の短さから言って、そう距離も遠くない。
少年は無意識にハンドルにもたれかけていた小さな体躯を立ち上がらせ、練習でパンパンになった足を酷使して必死にペダルを踏む。

より早く屋根のある所に辿り着いて、汗と雨でびしょびしょになって冷えた体を温めなければ。
明日だって練習があるというのに風邪をひいたりしたら困るし、こんな季節に風邪をひくなんてなんだか嫌だ...
そう思った少年は、現在位置からだと自宅よりも近い、自分の母の兄家族と同居する祖母の家に向かう事にした。
今の時間では共働きの伯父夫婦は不在であろうが、祖母と、この春中学生になった従姉は居るはずだ。
タオルと、何か着替えを貸してもらって、雨が止んでから家に帰ろう。

年季の入った木造二階建の家の前に自転車を停め、「お邪魔しまーす」と言いながら戸に手をかける。
...やっぱり開いている。
「ばーちゃん、それか桃―!タオルく...」
玄関先に立っているのは見知らぬ女性。
自分と同じように雨に濡れたのかタオルを頭から被っているのに、濡れ鼠のような自分とは違ってその姿は美しい。
一目で見惚れた少年はその場に立ち尽くす。女性も突然入って来た知らない少年に戸惑いを隠せない。
二人の間に漂う沈黙の壁を破ったのは、この家の住人である少女の声。
「誰...?ってシロちゃん!どうしたの?」
先程少年に桃、と呼ばれた彼の従姉だ。
シロちゃん、と呼ばれた少年は不機嫌そうに返事をする。
「練習帰りに降られちまったから、タオル貸してもらおうと思って来たんだよ。見りゃわかるだろ」
「なぁに、シロちゃんも濡れちゃったの?ハイ、タオル」
桃は持っていたタオルを一枚、少年に向かって放り投げ、それから女性に向かってこう言った。
「乱菊さん!その子、あたしの従弟で冬獅郎っていうんです」
冬獅郎、それが少年の名前。
「シロちゃん、その人あたしの先輩で、乱菊さん。ほら、ちゃんとご挨拶して!」
何だよその言い方は、と冬獅郎は思ったが口にはしなかった。この人の目の前で子供じみた争いをするのは恥ずかしいと感じた。
乱菊は押し黙る冬獅郎を見てクスッと笑い、屈んで彼と目線を近くしてからこう言った。
「初めまして、松本乱菊です。よろしくね、冬獅郎くん」

まだ、今度の誕生日でやっと二桁に達するほどしか生きていないが、今までこんなに綺麗な人には会った事がない。
中高一貫校に通う桃の先輩なら一番上でも18歳なのに、とてもそうは見えなかった。
もっと色々な事を経験してきた大人のようだ。

美しい微笑みにやられて、差し出された手を握り返すどころか、なかなか自己紹介も返せない。
やっと紡いだ言葉はとても平凡なものだった。
「...日番谷冬獅郎です」
乱菊は、それだけ言って俯く冬獅郎の頭を撫でると、年相応の笑顔を浮かべた。


------------------------------------------------------------パラレルシリーズ1「こんな人に出逢ってしまったら」(4/21/06〜1/2/07)






「でもほんと」
乱菊はそう言ってから自分の視線を右ほんの少し下に動かす。もう屈まなくとも充分目を見て話せる。
「背伸びたわねー」
“昔はこんなだったのに”と、乱菊は自分の豊満な胸の辺りを手で示す。それを見て冬獅郎は顔を顰めた。
「...身長の話はやめて下さいよ」
そうは言ってもこの人は、人が気にしている所を突く嫌な趣味を変えようとはしないのだろう。
そして自分も、この人を同じ時間を共有する事をやめようとはしない。
何だかんだ好きなのだ。この人の持つ雰囲気が。この人と共に居る空間が。
...そして多分、彼女自身が。

出会ってから―冬獅郎の不毛とも言える初恋が始まってから、随分時が経った。
本当に乱菊の胸の辺りまでしかなかった身長が、彼女とほとんど同じ―正確には、冬獅郎の方がまだ少し低い―位まで伸びる程に。
尤も、冬獅郎の成長期もまだ終わっていないので、女性としては高い乱菊の背を越すのも時間の問題であろう。
だが彼女の周りの男達は皆彼女より背が高く、いとも容易く彼女の肩を抱いてみたりする。
乱菊の一年後輩で、彼女と同じく桃の先輩である檜佐木修兵のその行為には、あからさまな下心が含まれているようで、冬獅郎は見ていて不快だった―要は悔しかったのだ。
そんな彼も今は、桃とその同級生阿散井恋次・吉良イヅルの三人を連れサービスエリアの売店まで買い出しに行っている。
二人残される事になった乱菊と冬獅郎は、気分を入れ替える為車外に出た―という訳だ。
二人で話すのは久しぶりだ。
初めて会った時に冬獅郎が気に入った、という乱菊の誘いで度々この(元)写真部の集まりに参加していたが、
つい先日まで冬獅郎は受験勉強に追われて(と言っても桃達と同じ学校の高等部に首席合格したのだが)いた為、今日のこのドライブまで半年近く乱菊達に会っていなかった事になる。

(久しぶりに会ったのにやっぱりコレかよ)
殆ど背が変わらないのに、乱菊は楽しそうに冬獅郎の頭に手をやり、逆立てられた髪に指を入れる。
ふわふわの銀髪はとても触り心地が言いのだと、彼女はケラケラ笑いながら話していた。
「乱菊さん」
「なぁに?」
「俺もうそんな子供じゃないんすけど」
「わかってるわよ?」
...わかってないだろ
不満そうな冬獅郎を見た乱菊は、彼の頭から手を離してふふ・っと笑い、「合格おめでとう」と言った。
今まで沢山の人達に何度も言われたのに、彼女の声で言葉を紡ぐならそれは特別なものになる。
“かなり今更だけど”
そう続ける乱菊に、冬獅郎は珍しく素直な笑顔でお礼を言った。


------------------------------------------------------------パラレルシリーズ2「まだ、遠い女(ひと)」(4/21/06〜1/2/07)






Postscript *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


はい、拍手お礼ログUPです。皆さんいつも拍手ありがとうございます!
ここで、少しずつコメントを。

*パラレルシリーズその1*
このシリーズを考えた時に、最初に書き上げたお話。
ちなみに練習、とはサッカーのつもり。理由は私が好きだから(安易
でも一番似合う気がするんですよー。バスケでも似合う気がするけど。屋外種目かな?という。
乱菊さんは高2の設定です。ひっつんは小4。7歳上の綺麗なお姉さんに出会ってしまったら、ねぇ...

*パラレルシリーズその2*
その1の5年後、かな。ひっつん中3。乱菊さんは大学4年生。もう卒業間近ですね。
ひっつんの身長はどれくらいだろ。165cmあるかないかくらい?中3だし。
私と同じくらいのつもりなんですが、いやー想像つかない(自分で書いといて何だ
冬獅郎が気に入った、ってのは、決して危険な意味じゃないです(笑
このシリーズは発展させようと思えば色々出来るので、(下克上とか/マテ)もう少し膨らませてみようかな。


では、今後ともよろしくお願いします!!


(4/21/06〜1/2/07 修正UP 2/17/07)


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