そばにいて
06
『隆也ー、』
『ん?』
卒業式の帰り道、お互いボタンの無い制服(そう女のまでもが)を着て最後の通学路を、
これも最後になる指定カバン(学校の慣行で寄せ書きだらけだ)と卒業生に配られる花を持ってと二人歩く。
の部活のある内は、朝練や放課後練があると、
朝はランニングしてから学校に行き放課後はシニアに行く為即刻帰る俺とじゃ登下校の時間が違ったので、
受験期になり二人で勉強するようになるまで、こうして二人で登下校することは無かった。
でもここ数ヶ月でしっかり馴染んでしまった。
『あのね、』
『なんだよ?』
『私...』
『隆也のことが好き』
『え?』
驚いての方に身体ごと顔を向けると、は少し泣きそうな、でもしっかりとした目線を俺に向けていた。
幼なじみとして、じゃない。
『隆也は、私のことどう思ってるの?』
正直俺はパニックになっていた。
『どうって...幼なじみ、だろ?』
やっと出た言葉は簡単なもので、
『それ、だけ?』
あぁ、頼むから泣くなよ。でも、
『...わりぃけど...
やっぱ、無理』
急にそんな風に見ろったって、無理な話だし、そんな風に見られる未来が来るって、ピンと来なかった。
守ってやりたい、大事にしてやりたい、って気持ちは、当然過ぎて、の存在も当然過ぎて、マジで家族。
...だから、これで失ってはしまいたくない。
『このままじゃダメなのかよ?』
はうつむいたままで、答えをくれない。いつの間にか身長差が開いてしまったから、そうやすやすと顔を覗き伺うことも出来ない。
『なぁ、』
『...ごめん、困らせて。
返事してくれて、ありがと。
...じゃあね』
最後まで顔を上げないの声が、震えていた。
『おい!』
行き場のない右手を伸ばした俺を置いて、は走って行ってしまった。
...俺はどーすりゃ良かったんだ?
わからなかった。
とりあえず、このままと離れたら永遠に離れることになってしまう気がして、追い掛けた。
でも元希さんが来ているのがわかっては、余計にどうしたらいいかわからない。
あの人はいつでも絶対的にの味方だ。
そんなあの人の前で、何もはっきり言えない俺が出来ることは皆無だ。
悔しいけど引き下がるしかない。
夜になって、モヤモヤした気持ちのまま一応行ったクラスの集まりから帰ってきて、にメールを送った。
“ベランダ出てこないか?”と。
俺の部屋のベランダと、あいつの部屋のベランダは面している。
まだ何も答えは出せてないけど、ただ一つ伝えたいことがあった。
[離れていかないでほしい]
このままあいつの存在を失うことが、恐ろしかった。
返事は来ない。
しびれを切らし電話をかけてみても、
『出ねぇ...』
春休み中、何度かメールをした。電話もかけた。全く応じてくれないことに、俺はひどく焦った。
平行して色々考えたけど、のこと女として好きなのかはやっぱりよくわからなかった。
あいつのことが大事で、一緒に居てほしいのは確かなのに、それがあいつと同じ気持ちなのかはわからなかった。
一緒に行こうと言っていた入学式も、置いて行かれた。
クラス発表掲示板の前でやっと見つけたと思ったら、『阿部』
驚いた。今まで、どんなに噂になろうと“女子で隆也って呼べるの、私の特権だから”と言って呼んでくれていたのに。
しかも俺にまで呼び捨て禁止を突き付けてきて、その上話し掛けるな!?
驚いて呆けた俺をまたも置いて行ったを追い掛けて教室に行けば、見知らぬやつ(確実にクラスメイトだが)と話している。
一言言ってやろうと近づけば、ちょうど部活の話をしているとこで、あろうことかは、
―まだ決めてない、だぁ?
『高校では、マネージャーやれるかなぁ?』
『あ?やれるだろー、さすがに。
シニアみてーに保護者会とかコーチの奥さんとかが色々やってくれるはずねーし、やることは山程あるだろ。
ましてや西浦みてーに新しいチームじゃ、絶対人手たりねーだろ』
『そっか!だよね!
じゃあ私も隆也と一緒に野球出来るんだね』
そうやって嬉しそうに笑うから、俺も嬉しかった。
なのに。
『...やらないよ、ってゆか、やれないよ』
それも俺が居るからだと言う。
...ふざけんなよ、そんなんで決めるなよ。
俺のことは気にするな、と言うと、瞳が揺れた。
あーもう!んな顔すんなよ!
『...あのな、そりゃ、俺のこと気にしないで決めてもらいてぇけど…』
これだけは言うつもりなかったのに。
『俺は、お前と一緒にやっていきたい。
...俺は、お前と始めた野球が楽しかったから続けてるんだよ』
『え、』
もう、こうなりゃヤケだ。
『だから、えーと『わかった』
『え?』
が笑っている。
『甲子園、連れてってくれる?』
背中を向けた俺の学ランの裾を少し摘んで、そう尋ねる。
『...当たり前だろ』
顔がまともに見られないのは、恥ずかしいこと言ったから、それだけだ。
(初出09/03/24)