俺にしろよ、と言えたらいいのに


09



  “入学おめでとう。大丈夫か?”


  確か入学式の日はうちと同じだと言っていた。

  向こうはどうだか知らないが、うちは始業式の後入学式。

  入学式の間2・3年は部活勧誘の準備になってるから、もちろん帰れっこない(まぁ放課後部活がある時点で別に帰らねーけど)

  でも俺は勧誘要員には充てられてないから(目つき悪いからダメと涼音先輩に言われた。どうせ俺は秋丸みたいに人当たりよくねーよ)ぶっちゃけ暇なのである。


  そんな訳でメールを送ってみたが、返事が来ない。

  午後になっても、夕方になっても来ない。

  んなシカトされるような内容だったか?ともちょっと思ったけど、どっちかってーと心配のがデカかった。







  部活帰り、しびれをきらし電話をかけた。

  『...はい、もとにぃ?』

  元希、じゃない。

  「おー。お前、大丈夫か?」

  『...なにが?』

  なんとなく反応も悪い。

  「メール、返事寄越さねーし」

  『あ!ごめん、途中まで打ったんだけど、忘れてた!』

  「...そーか」

  『ごめん、今から送るね』

  「や、いーよ。

  っつか、お前今どこ?」

  心配っつか、不安だ。

  『え、もうすぐ家』

  「...わかった。今から行くから」

  『え?』

  返事を聞かずに電話を切って、チャリのスピードを上げた。














  「わ、ほんとに来た」


  15分。新記録かも。

  息を切らした俺がチャイムも鳴らさずドアを開ければ、は玄関に腰掛けていた。

  ...目赤ぇような気がするのは、気のせいか?



  「どうしたの?」

  「...そんなんこっちのセリフだろ。どうしたんだよ?」

  脱いだ上着と鞄を床に置いてから、俺はの前にしゃがみ、目線を合わせて尋ねる。

  じっと眼を見たら、逸らされた。

  「なんにも、ないよ」

  「嘘つけ。俺に隠そうとしたって無駄なんだよ」


  そこまで言うと、は一度俺の眼を見て、そしてまた下を向いてから、話し始めた。



  「...隆也にね、呼び捨て禁止、とか話し掛けるな、とか色々言ったんだけど、なんか、すっごい普通でね。

  マネージャーやらないとか許さないとか言うし、

  チャリ後ろ乗れって言ってくるし、

  ...なんかもうなんなの?って感じでね、」

  は口元だけで笑う。

  「わかってないのか、今までどおりで居てくれ、ってことなのか、

  ...わかんないけど、もう嫌になっちゃって...

  隆也にね、ちゃんと今までどおり幼なじみやるから、って言ったの」

  そこまで言ってから、はやっと顔を上げた。

  「もうね、好きとか言わないの。

  離れるよりも、しんどくても一緒に居たい」

  そうやって揺れる瞳で笑顔を作るから、思わず抱き締めそうになってしまった。

  でもさすがにまずい気がして、代わりにその手で頭を撫でた。



  「...泣いてもいーぞ」

  そう言うと、俺が頭を撫でるのに合わせて顔を伏せていたが、頭を上げて眼を見開いた。

  「お前、この間も泣くの我慢したろ?そういうの我慢するのよくねーぞ?

  ...だから、一回泣いとけ」

  「でも、「あーもうつべこべ言うんじゃねえ!」

  俺はの左側に腰掛けて、右腕での頭を胸に引き寄せた。

  「...だから、言ったろ?俺はお前の味方だって」

  やってしまってから気まずくなって、苦し紛れにそう続けると、が小さく笑ったのがわかった。


  「...なに、笑ってんだよ?」

  「もとにぃ、心臓ばくばくいってる」

  「な!」

  そんなことを言われたからムカついて、を離そうとしたら、


  「ごめん」

  ...逆にしがみついてきた。

  「...もとにぃ、」

  「ん?」

  絶対、さっきよりも鼓動は上がってるはず。

  でも、背中に回された手が、震えてるのがわかって、俺はなりふり構わずを抱き締めた。

  「...ありがとう」

  おれのシャツの胸元が、温かくなって、だんだんと湿っていく。


  柔らかい体と、不思議と香るいい匂い。それに泣くのは俺の前でだけ。

  血が近すぎるという事実さえなければ、絶対、「タカヤなんてやめろ」っつって、俺のものにしてやるのに。

  でも、こいつが頑張るのは、全部タカヤの為なんだ、いつだって。


  シニアの試合後だって、俺投げてんのに真っ先にタカヤのとこ行くし、俺がうちに誘っても、タカヤと同じ学校行きたいっつって勉強してたし。


  ...ほんと俺、ばかみてぇ。


  悔しかったから、静かに涙を流すの髪に、気付かれないようそっと唇を寄せた。


  ―もうあいつのこと考えんなよ。


  所詮、それは無理な願いだってわかってるけど。








 (初出09/03/25)


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